trametinibの発見の歴史と近況

本教室発の新規MEK阻害剤trametinibが商品名Mekinistとして、世界初のMEK阻害剤として米国で承認され、Drug Discovery of the Yearに選ばれました。

 酒井が考案した独自のがん分子標的薬のスクリーニング系である「RB再活性化スクリーニング」を用いて、JT医薬総合研究所と見出した新規MEK阻害剤trametinibが2013年5月に、進行性BRAF変異メラノーマ患者を対象とする新薬として米国FDAから承認されました。MEK阻害剤が認可されることは世界で初めてであったことと、旧来の抗がん剤に比して著効を示したことから、翌日のNature誌にも紹介されました。
 2014年1月には、BRAF阻害剤dabrafenibとMEK阻害剤trametinibとの併用療法も、進行性BRAF変異メラノーマ患者を対象に米国FDAから認可されました。さらに、2015年9月にはEUでもこの併用療法が認可されました。また、我が国においても、2015年4月に、同疾患に対するこの併用療法の承認申請が行われました。
 この結果、旧来の抗がん剤では、奏効率が約5%であったのに対し、dabrafenibとtrametinibの併用により、奏効率約75%(完全奏効率約10%)にまで改善できることになり、メラノーマの治療法を一変させる画期的な治療法の開発が本教室の研究から生み出されたことは、たいへん喜ばしいことと思います。
 メラノーマは、欧米では極めて頻度が高く、かつ有効な治療法が無かったために、first-in-classのMEK阻害剤として承認されたtrametinibは2013年のBritish Pharmacological SocietyのDrug Discovery of the Yearにも選ばれました。
 このRAF-MEKシグナル伝達経路は、極めて多くのがんで活性化されていることから、trametinibの適応拡大を目指して、世界中で100件以上の臨床試験が実施されてきました。例えば、有効な治療法が存在しなかったBRAF変異進行性大腸癌に対して、trametinib、dabrafenib、panitumumabの三者併用が奏効率26%と極めて有効であることが2015年6月の米国癌治療学会(ASCO)で報告されました。同学会ではさらに、有効な治療法がなかったBRAF 変異進行性肺癌に対して、trametinibとdabrafenibの併用は、奏効率63%と劇的な効果が報告され、米国FDAよりBreakthrough Therapyに選ばれました。

付記

trametinibとは

 一部、上にも述べましたが、trametinibは、酒井がRB再活性化スクリーニング系の一つである、p15誘導物質のスクリーニングをJT医薬総合研究所に提案し、共同で発見した新規MEK阻害剤であり、英国グラクソスミスクライン(GSK)社に導出され、臨床開発が実施されました。また、trametinibとdabrafenibは、2015年3月にはノバルティス ファーマ社に再導出され、さらなる開発及び販売が行われています。
 trametinibに関する論文は以下の通りです。

trametinibの発見に関する論文
Yamaguchi T, Kakefuda R, Tajima N, Sowa Y, Sakai T.
Antitumor activities of JTP-74057 (GSK1120212), a novel MEK1/2 inhibitor, on colorectal cancer cell lines in vitro and in vivo.
Int J Oncol. 2011; 39: 23-31.

trametinib単剤の進行性BRAF変異メラノーマ患者に対する臨床試験に関する論文
Flaherty KT, Robert C, Hersey P, Nathan P, Garbe C, Milhem M, Demidov LV, Hassel JC, Rutkowski P, Mohr P, Dummer R, Trefzer U, Larkin JM, Utikal J, Dreno B, Nyakas M, Middleton MR, Becker JC, Casey M, Sherman LJ, Wu FS, Ouellet D, Martin AM, Patel K, Schadendorf D; METRIC Study Group.
Improved survival with MEK inhibition in BRAF-mutated melanoma.
N Engl J Med. 2012; 367: 107-14.

trametinibとdabrafenib併用による進行性BRAF変異メラノーマ患者に対する臨床試験に関する論文
Flaherty KT, Infante JR, Daud A, Gonzalez R, Kefford RF, Sosman J, Hamid O, Schuchter L, Cebon J, Ibrahim N, Kudchadkar R, Burris HA 3rd, Falchook G, Algazi A, Lewis K, Long GV, Puzanov I, Lebowitz P, Singh A, Little S, Sun P, Allred A, Ouellet D, Kim KB, Patel K, Weber J.
Combined BRAF and MEK inhibition in melanoma with BRAF V600 mutations.
N Engl J Med. 2012; 367: 1694-703.

Long GV, Stroyakovskiy D, Gogas H, Levchenko E, de Braud F, Larkin J, Garbe C, Jouary T, Hauschild A, Grob JJ, Chiarion-Sileni V, Lebbe C, Mandalà M, Millward M, Arance A, Bondarenko I, Haanen JB, Hansson J, Utikal J, Ferraresi V, Kovalenko N, Mohr P, Probachai V, Schadendorf D, Nathan P, Robert C, Ribas A, DeMarini DJ, Irani JG, Swann S, Legos JJ, Jin F, Mookerjee B, Flaherty K.
Dabrafenib and trametinib versus dabrafenib and placebo for Val600 BRAF-mutant melanoma: a multicentre, double-blind, phase 3 randomised controlled trial.
Lancet. 2015; 386: 444-51.

Grob JJ, Amonkar MM, Karaszewska B, Schachter J, Dummer R, Mackiewicz A, Stroyakovskiy D, Drucis K, Grange F, Chiarion-Sileni V, Rutkowski P, Lichinitser M, Levchenko E, Wolter P, Hauschild A, Long GV, Nathan P, Ribas A, Flaherty K, Sun P, Legos JJ, McDowell DO, Mookerjee B, Schadendorf D, Robert C.
Comparison of dabrafenib and trametinib combination therapy with vemurafenib monotherapy on health-related quality of life in patients with unresectable or metastatic cutaneous BRAF Val600-mutation-positive melanoma (COMBI-v): results of a phase 3, open-label, randomised trial.
Lancet Oncol. 2015; 16: 1389-98.

Long GV, Weber JS, Infante JR, Kim KB, Daud A, Gonzalez R, Sosman JA, Hamid O, Schuchter L, Cebon J, Kefford RF, Lawrence D, Kudchadkar R, Burris HA 3rd, Falchook GS, Algazi A, Lewis K, Puzanov I, Ibrahim N, Sun P, Cunningham E, Kline AS, Del Buono H, McDowell DO, Patel K, Flaherty KT.
Overall survival and durable responses in patients with BRAF V600-mutant metastatic melanoma receiving dabrafenib combined with trametinib.
J Clin Oncol. 2016 Jan 25. pii: JCO629345. [Epub ahead of print]

trametinibに至るまで

 酒井は、初めてのがん抑制遺伝子として発見されたRB遺伝子の研究を、RBをクローニングしたハーバード医科大学眼科のThaddeus P. Dryja博士の研究室に留学した時に始め、RB遺伝子はエクソン領域の変異だけでなく、プロモーター領域の変異によりRB発現量が低下することで、網膜芽細胞腫を発症することを報告しました(Nature 1991; 353: 83-6)。また帰国後には、プロモーター領域のメチル化によっても発現が低下することを報告しました(Oncogene 1993; 8: 1063-7)。この研究は、がん抑制遺伝子が過剰メチル化により失活することにより発がんに至ることの最初の証明となったために、その後の「がんとepigenetics」研究の端緒となりました (Nat Rev Cancer. 2004; 4: 143-53, Biochem Biophys Res Commun. 2014; 455: 3-9)。 これらの成果は、発がんは、がん抑制遺伝子の「質的な異常」だけでなく、「量的な異常」によっても引き起こされることを初めて示したことにもなります。そのために、「量的な異常」であれば、遺伝子発現を薬剤的に調節することで改善することが可能となり、新規の抗がん剤やがん予防薬として開発できるのではとの考えに至り、「遺伝子調節化学療法」、或いは、「遺伝子調節化学予防」のコンセプトを提唱することになりました。 また多くのがんで最終的にRBが失活していることに着目し、そのRBを再活性化させる戦略として、上記の「遺伝子発現調節による新規化学療法」のコンセプトを組み合わせることで、「RB再活性化スクリーニング」という、独自のがん分子標的薬のcell-basedのスクリーニング系を提唱し、複数の製薬企業との共同研究を実施することになりました。 その最も代表的な成功例が、RB活性化に働くp15遺伝子の発現増強を指標としたスクリーニングによって見出された、上記のMEK阻害剤trametinibとなる訳です。

trametinib以外に臨床試験に入ったがん分子標的薬の紹介
 また、p15と同様にRB活性化に働くp27遺伝子の発現を指標としたスクリーニングによって中外製薬と見出した化合物CH5126766は、MEKだけでなくRAFも阻害することが明らかとなり(Cancer Res. 2013; 73: 4050-60)、現在欧米を中心に第一相臨床試験が実施されています。この薬剤はBRAF変異腫瘍だけでなくKRAS変異腫瘍にも有効であることが、私達だけでなく他のグループによっても示され(Cancer Res. 2013; 73: 4050-60, Cancer Cell. 2014; 25: 697-710)、現在高い注目を集めています。実際臨床試験においても、進行性KRAS変異がん患者7例中3例に奏効したことが、2015年の米国臨床腫瘍学会(ASCO)で報告されました。そのため、今後の臨床試験の結果を楽しみにしています。
 加えて、別のRB活性化因子のp21の発現を上昇させる物質のスクリーニング系を当時の山之内製薬(現アステラス製薬)に提供し、スクリーニングを行った結果、当時東大農学部(現産総研)の新家一男先生らが発見したspiruchostatin A/YM753がヒットし、新規HDAC阻害剤であることを同定しました(Int J Oncol. 2008; 32: 545-55)。このHDAC阻害剤は前臨床では、最も強力な作用を有し、オンコリスバイオファーマ社に導出された後、OBP-801という開発名で、2015年から米国で第一相臨床試験が行われています。
 このように、発がんの本質は「RBの不活性化」であり、その原因を「量的な異常」であると捉えた酒井の視点は20年以上変わることなく、またそれらを踏まえた「RB再活性化」、「遺伝子発現調節」、「cell-based assay」をキーワードにした、極めてユニークではあるが、実は最も本質的なスクリーニング戦略を取ることで、世界的に最も注目されるがん分子標的薬を生み出すことができたのではないかと考えています。

参考論文

RBプロモーターの点突然変異による失活による網膜芽細胞腫家系に関する論文
Sakai T, Ohtani N, McGee TL, Robbins PD, Dryja TP.
Oncogenic germ-line mutations in Sp1 and ATF sites in the human retinoblastoma gene.
Nature 1991; 353: 83-6.

網膜芽細胞腫においてRB遺伝子のプロモーター領域にアレル特異的な過剰メチル化が存在することを見いだした論文
Sakai T, Toguchida J, Ohtani N, Yandell DW, Rapaport JM, Dryja TP.
Allele-specific hypermethylation of the retinoblastoma tumor-suppressor gene.
Am J Hum Genet. 1991; 48: 880-8.

がん抑制遺伝子がプロモーター領域のメチル化で失活することを初めて証明した論文
Ohtani-Fujita N, Fujita T, Aoike A, Osifchin NE, Robbins PD, Sakai T.
CpG methylation inactivates the promoter activity of the human retinoblastoma tumor-suppressor gene.
Oncogene 1993; 8: 1063-7.

私達のRB遺伝子プロモーターがメチル化で失活することを示した上記のOncogeneの論文が、がん抑制遺伝子がメチル化で失活する初めての論文であることを紹介した総説
Feinberg AP, Tycko B.
The history of cancer epigenetics.
Nat Rev Cancer. 2004; 4: 143-53.

Hattori N, Ushijima T.
Compendium of aberrant DNA methylation and histone modifications in cancer.
Biochem Biophys Res Commun. 2014; 455: 3-9.

p27発現増強物質のスクリーニングにより中外製薬と見いだした、BRAF変異腫瘍だけでなくRAS変異腫瘍にも有効な新規RAF/MEK阻害剤CH5126766の発見に関する論文
Ishii N, Harada N, Joseph EW, Ohara K, Miura T, Sakamoto H, Matsuda Y, Tomii Y, Tachibana-Kondo Y, Iikura H, Aoki T, Shimma N, Arisawa M, Sowa Y, Poulikakos PI, Rosen N, Aoki Y, Sakai T.
Enhanced inhibition of ERK signaling by a novel allosteric MEK inhibitor, CH5126766, that suppresses feedback reactivation of RAF activity.
Cancer Res. 2013; 73: 4050-60.

私達が見出したRAF/MEK阻害剤CH5126766とMEK阻害剤trametinibが他のMEK阻害剤と異なり、BRAF変異腫瘍だけでなくRAS変異腫瘍に対しても有効であるメカニズムを明らかにした論文
Lito P, Saborowski A, Yue J, Solomon M, Joseph E, Gadal S, Saborowski M, Kastenhuber E, Fellmann C, Ohara K, Morikami K, Miura T, Lukacs C, Ishii N, Lowe S, Rosen N.
Disruption of CRAF-Mediated MEK activation is required for effective MEK inhibition in KRAS mutant tumors.
Cancer Cell. 2014; 25: 697-710.

RBを活性化させるCDK阻害因子p21の発現を上昇させるスクリーニングにより、spiruchostatin A/YM753(現OBP-801)が新規HDAC阻害剤であることを同定した論文
Shindoh N, Mori M, Terada Y, Oda K, Amino N, Kita A, Taniguchi M, Sohda KY, Nagai K, Sowa Y, Masuoka Y, Orita M, Sasamata M, Matsushime H, Furuichi K, Sakai T.
YM753, a novel histone deacetylase inhibitor, exhibits antitumor activity with selective, sustained accumulation of acetylated histones in tumors in the WiDr xenograft model.
Int J Oncol. 2008; 32: 545-55.