RB活性化果実飲料の研究経緯について
RB活性化果実飲料の研究経緯について
京都府立医科大学 創薬センター 酒井 敏行
私事になるが、高校生の時に弟を骨肉腫で亡くし、将来がんで亡くなる方を少なくしうる研究者を志した。京都府立医科大学を卒業し、大学院を修了した後に、初めてのがん抑制遺伝子として発見されたRB遺伝子をクローニングしたハーバード大学のTed Dryja博士の研究室に留学した。帰国後、「RB活性化スクリーニング」という新規のがん分子標的薬のスクリーニング方法を考案し、画期的抗がん剤トラメチニブ(商品名メキニスト)を発見した。トラメチニブは進行性BRAF変異メラノーマ他多くの臓器のがんにおいて、初めてのMEK阻害剤として承認され、進行がん患者を完治させうる画期的新薬として世界中で使用されることになり、Drug Discovery of the Yearに日本で初めて選ばれた(Sakai T, Pharmacol Ther. 2022236:108234)。
RB遺伝子は多くの臓器の発がん抑制に有用であるだけでなく、基礎実験により、心筋梗塞や脳梗塞などの動脈硬化性疾患、種々の炎症性疾患、認知症、アルツハイマー病、パーキンソン病などの神経性疾患にも抑制的に働くことから、所謂健康を守る「ヒーロー遺伝子」と考えられる。したがってRBを活性化させる予防戦略が重要と考えたが、薬剤では副作用の懸念があり、かつ費用の面で予防には適さないことから、手軽に飲用可能な予防飲料の開発を考案した。世界中の果実を精査した中で、オーストラリアの先住民アボリジナルが食してきたカカドゥプラムと、日本人にも馴染みのあるザクロの果汁が、RB活性化能に加え、強い抗酸化作用と抗炎症作用を有することを発見した。さらに動物実験により、カカドゥプラム単独、カカドゥプラムとザクロ、抗腫瘍免疫活性化能を有する植物性乳酸菌の混合飲料に、発がん抑制作用が認められた(Environ Health Prev Med. 2023;28:54)。
私達は、まず、カカドゥプラム、ザクロ、乳酸菌などを混合した健康果実飲料を試験的に創製した。ちなみに、果物に含まれる果糖を摂り過ぎると、逆に種々の疾患のリスクが高くなる。他方、日々の健康飲料として親しんでもらうためは、若年層を含む幅広い年齢層の方々が長期間にわたって飲用できるものであることも重要である。そのため、この果実飲料を具体的な製品として開発するにあたっては、糖度(甘さの度合い)を抑制しつつ、美味しさを両立することも課題になるだろう。実際の疾患予防効果についての臨床試験は今後の目標であり、先ずは科学的に実証することが重要と考えている。
重要なのは、このような健康飲料を飲むことにより、疾病の予防効果が証明されても、その効果は部分的で、完全に疾病を予防することはできない。したがって、健康飲料を飲用することで油断した生活習慣を送ることは逆効果になる恐れもあるので、通常通り定期検診を受けることと、禁煙、節酒、適度な運動、バランスのとれた食事と適正体重の維持に留意することが極めて重要である。その上で、さらに健康寿命を延ばす上で有益なRB活性化果実飲料が開発されることを希求するものであり、私達の研究成果がその一助となることができれば、研究者冥利に尽きる。