酒井敏行
酒井 敏行 Toshiyuki Sakai, M.D., Ph.D.
和歌山県有田郡湯浅町(醤油発祥の地)出身
ご挨拶ならびに教室紹介
創薬医学・特任教授/創薬センター・センター長 酒井 敏行
私は、京都府立医科大学大学院医学研究科分子標的癌予防医学/保健・予防医学教室予防医学部門の教授を平成31年に定年退職した後に、新設された創薬医学・創薬センターで仕事を続ける機会をいただいた。ここでは、京都府立医科大学分子標的癌予防医学時代のことと創薬センターのことについて紹介させていただく。京都府立医科大学分子標的癌予防医学/保健・予防医学教室予防医学部門は、その前身は公衆衛生学教室であった。公衆衛生学初代教授川井啓市先生のもと、種々の予防医学研究を、基礎・臨床をも包含した包括的社会医学的手法で行ってきた。そのため、一次予防だけでなく、二次予防、三次予防研究も行ってきた点が一つの特徴といえる。代表的な仕事の一つとして、元京都第二赤十字病院院長の中島正継先生らが世界で初めて開発に成功した「内視鏡的乳頭(括約筋)切開術(endoscopic sphincteropapillotomy, EST)」などがあげられる。
平成8年に私が公衆衛生学二代目教授に就任させていただいてからは、がんを研究対象にして、がんの新規予防法・診断法・治療法の開発に焦点を絞った。一次予防研究が中心であったが、がんの予防においても二次予防・三次予防研究も包含していた点は、先代からの伝統でもある。私達の最終目的は、単に実験室の研究にとどまらず、企業の協力も得て、実際に有効ながんの予防法、診断法、治療法を確立することであった。
平成15年には、大学の改組により、大学院の名称として分子標的癌予防医学、学部名としては、保健・予防医学教室予防医学部門と改称した。分子標的癌予防医学という名前は、私自身が提唱した「分子標的予防」という合理的な予防戦略を、悪性腫瘍を対象に実践するという意味で名付けた。
詳細は別項に述べるが、今までの教室のがんに関する代表的業績として、以下のようなものがあげられる。1)発がんの新規機序として、がん抑制遺伝子が過剰メチル化により失活することを世界で初めて示した(Oncogene 8, 1063-1067, 1993)。すなわち、突然変異がなくとも、がん抑制遺伝子プロモーター領域の過剰メチル化による失活により発がんに至ることを初めて示したことになる。この発見は、その後大きく発展するCancer epigenetics研究分野の嚆矢として国際的にも広く知られている(Nat Rev Cancer 4, 143-153, 2004)。2)独自に創案した「RB再活性化スクリーニング」を複数の企業に提案し、臨床試験に入った三剤のがん分子標的薬の開発に成功した。中でもトラメチニブ(商品名メキニスト)(Int J Oncol. 39, 23-31, 2011)は、first-in-classかつbest-in-classのMEK阻害剤として、進行性BRAF変異メラノーマ患者に対する特効薬として日米欧で承認され、British Pharmacological Societyからは、2013年のDrug Discovery of the Yearに唯一選ばれた。トラメチニブはBRAF阻害剤ダブラフェニブ(商品名タフィンラー)との併用によりより強力な効果が得られるため、現在では多くの場合併用で使用される。この併用により、ステージ4のメラノーマ患者だけでなく、ステージ3のメラノーマ患者に対する術後補助療法でも著効を示し、日米欧で承認された。さらに、このトラメチニブとダブラフェニブの併用はBRAF変異非小細胞肺癌にも著効を示し、2015年に米国FDAからBreakthrough therapyに選ばれた後に、日米欧で承認された。その後、BRAF変異甲状腺未分化がんにも著効を示し、米国で承認されている。3)がん抑制遺伝子RBタンパク質の活性を定量する機器及びシステムをシスメックス社に提案し、消化器がんの診断に有用であることを示した。その後の大阪大学乳腺外科の臨床研究により、早期乳癌の再発予測に有用であることが明らかにされ、C2Pという受託診断サービスとして結実した。
創薬センター・創薬医学に移った現在、私達のグループでは、究極のがん予防ジュースの開発研究、新規がん分子標的薬の創製、私達が提唱した「分子標的化学療法・分子標的化学予防法」の開発等を行っている。
かえりみれば、トラメチニブの開発を一例にとっても、RB再活性化スクリーニング法の原案を思いついてから、first-in-classのMEK阻害剤(世界で初めて承認され臨床で使用されるようになったMEK阻害剤)として承認されるまで約20年かかっている。このことから考えても、基礎研究を臨床に実際に応用するには相当時間がかかることを痛感している。そのため、私達のグループでは、大きな目的を持ち、一つのチームとして、例え代がかわっても、根気強く地道な努力を継続していけることを目標として、皆で協力しあいながら、日々ひたすら地道な努力を重ねている。
トランスレーショナルリサーチを志す私達の研究は、決して流行のみを追い求める派手さはないかも知れないが、同様に地道な研究の積み重ねでイベルメクチンを発見してノーベル賞を受賞された大村智先生の快挙からも元気をいただいて、これからもたゆまずに歩んでいきたい。
最後に、このような研究を志向している若者がおられましたら、是非一度門をたたいていただきたい。
経歴
昭和47年 3月 | 和歌山県立耐久高等学校卒業 |
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昭和55年 3月 | 京都府立医科大学卒業 |
昭和55年 7月 | 大阪鉄道病院研修医 |
昭和57年 3月 | 同病院退職 |
昭和57年 4月 | 京都府立医科大学大学院博士課程入学(公衆衛生学教室) |
昭和61年 3月 | 京都府立医科大学大学院博士課程修了 |
昭和61年 4月 | 京都府庁衛生部保健予防課技師(京都府立医科大学助手併任) |
昭和63年 3月 | 京都府庁衛生部保健予防課退職 |
昭和63年 4月 | 京都府立医科大学公衆衛生学教室助手 |
昭和63年 9月 | 米国ハーバード医科大学へ留学 (眼科学教室研究員) |
平成 3年 4月 | 同研究員を退職して帰国 |
平成 3年 6月 | 京都府立医科大学公衆衛生学教室助手 |
平成 6年 1月 | 京都府立医科大学公衆衛生学教室講師 |
平成 8年 7月 | 京都府立医科大学公衆衛生学教室教授 |
平成15年 4月 | 京都府立医科大学大学院医学研究科分子標的癌予防医学教授 |
平成31年 4月 | 京都府立医科大学大学院医学研究科創薬医学特任教授、京都府立医科大学創薬センター センター長、現在に至る |
受賞歴
平成 5年 | 和歌山県文化奨励賞 |
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平成 7年 | 日本衛生学会奨励賞 |
平成11年 | 第二回国際分子医学シンポジウム 最優秀演題賞 |
平成20年 | 日本衛生学会賞 |
平成26年 | 高松宮妃癌研究基金研究助成金 |
平成26年 | 日本医師会医学賞 社会医学部門 |
平成26年 | 京都新聞大賞・文化学術賞 |
平成28年 | 日本がん分子標的治療学会 鶴尾隆賞 |
平成30年 | 高松宮妃癌研究基金学術賞 |
平成30年 | 日本医療研究開発大賞 文部科学大臣賞 |
平成31年 | 日本薬学会 創薬科学賞 |
令和元年 | 紫綬褒章 |
令和元年 | SGH特別賞 |
令和2年 | 和歌山県文化賞 |
趣味など
音楽鑑賞、バイオリン演奏、家での映画鑑賞、雑談、ウィズ・コロナの今ではできない食べ歩き、旅行